東京高等裁判所 昭和56年(う)2005号 判決
所論は、要するに、原判決は、(1)本件公訴提起の手続過程には実定法上なんらの権限がない司法修習生が全面的に関与し、検察官に代わりその有する訴追裁量権を実質的に行使しているのであるから明らかに無効な公訴提起であり、刑訴法三三八条四号に該当するものとして公訴を棄却しなければならなかつたにもかかわらず、これを看過して実体判決をしており、また(2)被告人、吉沢信一、吉沢ゆたか及び金沢圭一の検察官に対する各供述調書は、取調権限のない司法修習生が作成した刑訴法一九八条一項、二二三条一項、憲法一三条、三一条に違反する違法収集証拠であるのに、これらを排除せず証拠として採用しているが、右のような原審の訴訟手続には法令違反があつて、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
しかしながら、原審記録中に編綴の東京地方検察庁検察官杉本一重作成の吉沢ゆたか及び金沢圭一の、同中津川彰作成の被告人及び吉沢信一の各検察官調書並びに同中津川彰作成名義の本件起訴状のほか、被告人の当審公判廷における供述等を総合すると、被告人をはじめ右参考人らが東京地方検察庁において検察官による取調べを受けた際、司法修習生の指導担当をしていた前記検察官らが被告人及び右参考人らに対して、司法修習生に取調べをさせてよいかと尋ね、同人らの承諾を得たうえ司法修習生をして取調べに当たらせ、供述録取書が作成されたのちは、各検察官の面前において各供述者らにこれを読み聞け、いずれもそのとおり間違いない旨の承認をえてこれに署名押印させ、その末尾に各検察官が作成者として署名、押印をしたこと、そして、指導担当検察官のうち中津川彰において、これら供述調書を含む関係証拠を検討したうえ本件起訴状を作成提出して公訴を提起したことを窺うことができる。右によると、被告人はじめ参考人らに直接発問しその供述を録取したのは司法修習生であつたとしても、右各供述調書は右検察官らが自ら被告人らを直接かつ実質的に取調べて作成したものといつて妨げないというべきであるから、右各供述調書の作成過程に所論の違法があるものとは認められず、また、本件公訴の手続も検察官中津川彰がその固有の権限に基づき、自らの判断と責任において行つたものと認められ、所論のように公訴提起の手続が無効なものではないことに寸毫も疑いの余地はないといわなければならない。所論は、検察官の本件捜査への関与が形式的なものであつたとする根拠として、自ら直接捜査に当たつていれば当然被害者らの供述が虚偽であることを見抜くことができたはずであるし、補充捜査をすることによつて容易に被告人の弁解が正当であることを確認できたはずであることを指摘するけれども、所論被害者らの供述が十分信用できるものであり、被告人の弁解を排斥すべきことは後に説示するとおりであつて、本件が通常の司法修習生関与の場合と異なり、司法修習生が検察官に代わりその有する訴追裁量権を違法に行使したと疑うに足りる特段の事由があるとすることもできない。してみると、所論(1)、(2)は、ともにその前提を欠き失当であつて、所論にかんがみ更に記録を精査してみても、原判決に所論のような違法、違憲のかどは見当たらない。論旨は理由がない。